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新潟シティガイドと行く街歩きおすすめコース

西海岸公園 歴史と文学の散歩みちコース

記録日 2010年8月26日

基本ルート

新潟県護国神社~戊辰役殉難者墓苑~砂山の碑~坂口安吾の碑~會津八一記念館~良寛詩碑~川村奉行像~會津八一の歌碑~ドン山~地獄極楽小路~白壁通り~北方文化博物館新潟分館~平出修の歌碑・太田木甫の句碑~NEXT21


より大きな地図で 西海岸公園 歴史と文学散策コース を表示

今日は西海岸公園 歴史と文学の散歩みちコースをご案内いたします。

森の中とお屋敷街が半々くらいの、新潟の豊かな自然と風情あるたたずまいが味わえるコースです。
 
スタートは護国神社大鳥居前。新潟駅からですと万代口バスターミナルから西循環線浜浦町先回りのバスに乗り15分程度,日本海タワー前で下車するといいでしょう。バス停から海岸方面に向かって徒歩2~3分です。


戊辰役殉難者墓苑

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大鳥居前から参道を進むとまず見えてくるのが戊辰役殉難者墓苑です。皆さん、戊辰の役(戊辰戦争)についてご存知でしょうか。幕末に起こった旧幕府軍(東軍)と新政府軍(西軍)との戦いです。ここは東西両軍が一緒に祀られている珍しい史蹟です。石碑に、どうぞ目をお覚ましください、そして白鳥のように大空を飛んでください・・・という意味の文が刻まれています。まさに「千の風になって」と同じで驚かされます。
 
 

砂山の碑・坂口安吾の碑

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護国神社本殿を横切り、砂山の碑へ。この道は季節によって植物が楽しめます。ちょうど秋頃はつわぶきの黄色い花が美しく咲いています。
新潟市で開かれた童謡音楽祭に招かれた北原白秋が、子どもたちの歌声や海辺の美しい風景に感動して作詞した「砂山」。作曲は中山晋平と山田耕作のものがあります。一つの歌詞に異なるメロディーがある、珍しい童謡です。

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砂山の碑からすぐの所に坂口安吾の碑があります。安吾は西大畑、この地区の生まれです。この大きな碑は重量22.5トン。県内の旧安田町(現 阿賀野市)から運んできましたが、あまりの大きさ・重さで運搬の車のシャフトが途中で折れた、と言われています。
  

 

芭蕉堂・八木朋直の胸像

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近くには芭蕉堂もあります。奥の細道の旅路に新潟に立ち寄った際に詠んだ句「海に降る 雨や恋しき うき身宿」が刻まれています。市内には他にもいくつか芭蕉の句碑があります。
小道を抜けると八木朋直の胸像があります。八木は初代萬代橋架橋にお金を出した人物です。第四銀行頭取や新潟市長もつとめました。
 
この辺りからは佐渡もよく見えます。新潟港から両津港までは67Kmです。市内で佐渡に最も近いのが西蒲区の角田浜あたり。約35Kmです。それでは横断歩道を渡り、さらに西海岸公園を進みましょう。

 

あいづ通り・會津八一記念館

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右側に會津八一記念館が見えてきます。記念館からどっぺり坂へ続く通りは「あいづ通り」と呼ばれています。八一は東洋美術史家であり書家、歌人、早稲田大学教員もつとめるなど新潟を代表する文化人です。後ほど訪れる歌碑や北方文化博物館新潟分館でも八一のご紹介をしていきます。
 
ここは砂丘だったので、自然のアップダウンが今も残っています。今日一番の難所、28段ほどの階段がありますので、がんばって登っていきましょう。 このあたりは野鳥もたくさんいます。キジを見かけることもありますよ。


良寛詩碑

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良寛詩碑に着きました。皆さん、こちらの漢詩は何と刻まれているかおわかりになりますか?読みづらいので隣にわかりやすく書いた碑が建っています。良寛は托鉢のため、何度も新潟を訪れていました。
 
 

 

 

川村奉行像

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川村奉行像です。初代新潟奉行の川村修就は新潟のまちづくりのため、大きな仕事をした人物です。その一つが海岸に26,000本もの松を植えたことです。それまで新潟は、まちが移転を余儀なくされるほど海から飛んでくる大量の砂に悩まされていました。川村が植えた松のおかげで新潟が砂から守られています。勝海舟も川村を名奉行とほめたたえたと言われています。新潟にカステラを伝えたのも川村修就です。
 


會津八一の歌碑・ドン山
會津八一の歌碑があります。ここに刻まれた歌は八一が居住していた邸宅、現在の北方文化博物館新潟分館で詠まれたものです。新潟分館は後ほどご案内します。

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ドン山です。大砲の模型がありますね。時計がない頃、人々に正午の合図を空砲で知らせていました。大砲は海の方に向けられていますね。はじめはまちの方に向け空砲を撃っていましたが、その音が付近の学校の勉強に支障が出るという理由で海に向けられるようになったとか。
  

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海へ向かう道路に出ました。天気のいい日は海がきれいに見えます。佐渡へ向かう船の姿も見えますね。皆さんは佐渡航路が国道であることをご存じですか?350号線、れっきとした国道です。海上を走る国道はたいへん珍しいものです。中央区出身の思想家・竹内式部像の前を通り坂道を下りましょう。

 

 

地獄極楽小路

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進んでいくと左側がレンガ塀になった小路に出ます。このレンガ塀は何の跡かおわかりでしょうか。実は刑務所でした。そして右側の立派な塀は市内で最も古い料亭「行形亭」のものです。小路を挟んで左右が全く別世界であることから、ここは「地獄極楽小路」と呼ばれています。
 

白壁通り

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小路を出て右に折れると料亭の正面に出ます。元禄時代から続くこの料亭のシンボルは鶴と松。蔵の窓にも鶴と松が描かれています。この通りは白壁通りと言われています。料亭の隣は旧斎藤家夏の別邸です。たいへん素晴らしい庭がありますので、機会があればぜひご覧いただきたいと思います。
 

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白壁通りを左に曲がると北方文化博物館新潟分館に着きます。こちらは横越の豪農である伊藤家の別邸でした。會津八一が晩年に過ごした邸宅です。今日は外からのご案内ですので、またゆっくりと訪れてみてください。
 
この道をまっすぐ進むと西堀通りに出ます。新潟のまちは信濃川と平行に走る道を「通り」、垂直方向に通る道を「小路」と言います。どんなに大きな道でも「小路」という名前がついています。

 
平出修の歌碑・太田木甫の句碑

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西堀通りを右に曲がります。柾谷小路と交差する付近に市出身で大逆事件の弁護士もつとめた平出修の歌碑があります。とてもロマンチックな歌が刻まれています。すぐ近くに太田木甫の句碑があります。全国を行脚した木甫が新潟はとてもいい所である、ここで安住しよう、と詠んだのがこちらの句です。どちらの碑もぜひ実際にご覧ください。
 
 

さあ、ゴールです。新潟で2番目に高いビルNEXT21です。皆さん、約2時間のまち歩き、いかがでしたか?今日行った中で、またいつかゆっくり訪れてみたいという発見があればたいへん光栄です。お疲れさまでした。
 

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